どくとるマンボウ回想記

どくとるマンボウ回想記




作家北杜夫の自伝。



内容を要約したり抽象しても仕方がないので、一言で感想を述べる。この本は、とても悲しい本だった。



前半部には、裕福だった子供時代から順に、学生時代を経て妻と巡り会ったり、文学賞を受賞したりといった、人生が開けていく時期のいわば明るい話が書かれているものの、もっぱら読後感として強い印象が残るのは、北が中年にさしかかる後半部分ばかりだった。その後半部では、遠藤周作ら、北氏の知己との愉快な思い出が綴られたあとに、決まったように、北氏が愉しい時間を過ごした仲間たちが次々とこの世を去り、一人残された寂しさが書かれており、哀愁を誘った。

意地悪な見方をすれば、単にそういった感情を読者の内に引き起こすことを狙って書かれた文章であるに過ぎない、などと突き放した言い方をしてしまうこともできるのかもしれないが、思い出の過去と現在を行ったり来たりしながら80年の人生を振り返る文章は、北氏の横に座って思い出話を聞いているような感じすらして、氏の素直な心情が綴られていると信ずるに足る筆致だったと思う。少なくとも、自分は、そう感じた。



やはり、昔の子供時代のことをときどき思い出す。昔は部屋に暖房とてなかった。風邪をひいたときだけ、火鉢が置かれ、鉄瓶がかけられた。空気が乾いていると、風邪が感染しやすくなるからである。


ときどき、私たちは寝室に火鉢を持ちこんで、お餅を焼いたりギンナンの実を焼いたりした。姉がお餅に海苔を巻き、醤油をつけて食べた。またそれにバターをつけるのを姉が発明したものと思う。いずれにせよ、遠い過去のはかな事である。






ところで、この本は、実に数ヶ月ぶりに読んだ、技術書でもビジネス書でも自己啓発本でもない本だった。後世に残る名作とか、感銘を受ける美文だとか、そういった本ではないかもしれないが、有用かどうかとは違う判定基準で本を選ぶことも大切であることを思い出すきっかけとなった。